鉄砲注射の恐怖!! 短命に終わった昭和のハイテクマシンとは? 

昭和 懐古

モノや機械などは、時代の流れとともに、どんどん進化して便利になっていきます。日進月歩の進化の中で、エポックメイキング的な「大発明」とか「名機」と呼ばれるようなものが出る反面、出たときは画期的な発明だと騒がれたのに、あっという間にそれを超えるイノベーションが生まれて、瞬く間にわすれられていくものというのがあります。「カセットテープ」のあとに、今でいう「ハイレゾ」みたいな企画の「DAT」っていうのがありましたが、結局、すぐに「CD」に置き換えられてしまいました。「MD」もそうですね。 ただ性能が良いというだけでなく、互換性とか量産できるとか低価格を実現できるとか・・・  いろいろな条件がそろわないとベストセラーにはなれません。

今回は、華々しく登場してあっとゆう間にすたれていった「鉄砲注射」についてです。

集団接種

現在は予防接種とかワクチンは各々が病院に行って受けることになっていますが、おそらく昭和の最後くらいまでは集団接種といって、学校に校医さんが来て児童・生徒は全員揃って予防注射をしてもらっていました。

当時は子供も多かったし、ディスポーザブルの概念もなかったので注射器は平気で使い回しされていました。 これは後々、B型 C型肝炎の感染原因となり、現在も深刻な問題となっています。 特にC型肝炎は潜伏期間が非常に長く、子供の時の注射器使い回しによって感染すると、発症するのが、中高年になってからというケースが多いらしいです。戦後~昭和の終わりくらいまでの約40年の間に子供時代を過ごした人は要注意です。 怖いですね。

ハイテクアイテム 鉄砲注射の登場!!

私が小学校の3年か4年くらい、昭和50年前後に燦然と登場したハイテクアイテムがありました。それが 鉄砲注射!! 
ただ、これは地域によって導入したところとしなかったところがあるみたいです。同年代でも「あったあった」と、言う人と「何、それ~」って言うリアクションの人に分かれます。

鉄砲注射の形状は、ピストル型の注射器に薬液の瓶がカートリッジのように付いていて、圧縮空気を送る(多分・・)コードみたいのが付いていて、引き金を引くと薬液が出るという構造。

正式にはジェットインジェクターとか、無針注射とかいうらしいですが、そうなんです、この注射器には針がないんです。どうして注射するかというと、引き金を引くと、高圧で射出された薬液が皮膚を突き破って体内に入るという仕組みです。

「鉄砲注射」はスピーディーで効率UP! しかし 恐ろしかった。。

鉄砲注射を初めて打つ前に、事前説明みたいのがあって、学校の先生から
「低学年は怖がるから鉄砲注射は3年生以上から行います」
と言われたのを覚えています。そんなこと言われたらそれだけでビビりますよね、、。 
ただ、「針がないので痛くない注射だ。」「一瞬で薬が注入されるから痛さを感じる前に終わってしまう」などとフォローが入り、少し安心して初の鉄砲注射を受けたのですが・・・

めちゃめちゃ痛いぢゃないかっ!!

その痛さは普通の注射とは全く違った独特なものでした。引き金が引かれ「バシッ」と、音がして薬が注入された瞬間は確かに痛くないのですが、問題は接種が終わった後。腕がしびれるような痛みがジ~ンと広がってくるんです。なんか、その痛み方がうまく説明できませんが、不愉快な気分になる痛み、というか、そんな感じなんですよね。

普通の注射器に比べて、処理スピードは断然速く、あっという間に1クラスが終わってしまいます。そしてあの痛みと、引き金を引く度に聞こえる「バシッ、バシッ」という音。
DIYでも最近は自動の釘打ち機を使うことがありますが、あんな感じです。

鉄砲注射、短命に終わる・・

子供達を恐怖のどん底に陥れたものの、当時はとにかく子供の数が多く、1学年、5組とか6組なんてざらでしたし、クラスの人数も40~45人もいました。ですからこの鉄砲注射は、集団接種で効率的に多くの児童や生徒をさばいていくためには画期的なイノベーションだったのだろうと推察できます。

しかし、その終わりは意外にも早くおとづれました。

薬液が高圧で体内に入るとき、神経線維を損傷するなどの弊害が多かったのと、飛び散った血液が注射器に付着して肝炎の感染源になったことなどから、80年代になると消えっていったようです。というか、そんな恐ろしい物、よく子供達に使用したなっ!って感じですけどね。

鳴り物入りで投入されたけど短命に終わる・・・。みたいな物って色々ありますよね。こういうモノを集めた博物館があれば面白いと思います。

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